肩に掛けられた

 肩に掛けられた新しいそれに袖を通すことも忘れ、落ち着かない気持ちを抑えるように敷布の裾を掴んだ。

 

 

「昨夜からですよ。南部先生は会津中将様の元へ行かねばならなくなってしまい、代わりに私が残ったのです」

 

 

 その回答に、桜司郎は目を丸くしながら顔を上げる。www.nuhart.com.hk/zh/ 引き攣れるような脇腹の痛みが襲うが、それすらも気にならない。

 

 

──もしかすると、あれは……あのは、夢じゃなかったの……?

 

『…………私も、貴女のことが好きだ……』

 

 

 朧気ながらも、その優しい響きはずっと残っている。だがそれを確かめる勇気が無かった。勘違いだとしたら、立ち直れないと思ったのだ。

 

 

「そう、でしたか……」

 

「ええ。斬り合いをして怪我をするのは仕方の無いことだとは思います。しかし、誰かを庇うこととは話しが違う。……もう、貴女が傷付くのを見るのはつらい」

 

 

 切なる言葉に、桜司郎の心は揺れる。その意味が部下に対する親愛だとしても、嬉しかった。

 

 

「本当に、沖田先生は良いです。皆言っていますが、先生の下で働けて幸せですよ」

 

 

 それを聞いた沖田は複雑そうに微笑む。まるで気持ちが伝わっていないのではないかと、モヤモヤとした。まあ良いか、と思ったその時、

 

 

『沖田さん、あんた後悔するぞ。己の気持ちに向き合えない人間は、それ以上成長出来ぬ』

 

 と斎藤の言葉が浮かぶ。

 

 

──分かってますよ、斎藤君。私も鈍いと散々言われてきましたが、この子も大概なのではないですか。

 

 

 ハア、と小さく溜息を吐くと沖田は片腕で背を支えたまま、桜司郎の横へ移動した。

 

 

 まさに一世一代の大勝負である。池田屋へ突入した時よりも、はるかに緊張が走った。

 

 

「桜司郎──いや、桜花さん」

 

「はい?」

 

 

──なんと言えば良い。好きだ、惚れています……?否、それよりも先に言わねばならぬことがあるではないか。

 

 

 沖田は、今は大人しくともざわつく胸に手を当てる。その目には静かな熱が宿っている。見た事のないそれに、桜司郎は息を飲む。

「……貴女に言わなければならないことがあります」

 

「なん、でしょう……」

 

 

 真剣な眼差しを受けて、桜司郎の鼓動は徐々に早まっていく。

 

 だが、ふと沖田は瞳に哀を浮かべた。

 

 

「私の病…………。聡い貴女のことだから、もう気付いているとは思います」

 

 

 病、の言葉に桜司郎は瞳を揺らす。ずっと気になりながらも目を逸らし続けたそれを、今聞かされることに心の準備が追い付いていなかった。

 

 

「……それ、は。今じゃなければいけませんか?」

 

「はい。私はもう貴女へ隠し事はしたくない……」

 

「…………分かりました」

 

 

 急に胸がざわつき始める。このような心地になる時は、大体良くないことの前兆なのだ。

 

 有難う、と沖田は微笑む。

 

 

「……私はね。労咳、なんです」

 

「…………ろう、がい……?」

 

 

 先程まで幸せな気持ちで満たされていたというのに、目の前が真っ暗になる。その脳裏には痩せ衰え、大量の血を吐き、我を失う高杉の姿が浮かんでは消えた。

 

 薄々とは分かっていた。分かっていたのだ。それでもではないと信じたかった。やっと話してくれたという少しの嬉しさと、なぜこの人が病にという憎らしさがせめぎ合う。

 

 

 何も言葉が出てこない。目の前の現実が受け入れられず、ただ視線を彷徨わせるだけだった。

 

 

「そして昨日、血も吐きました。故に、そう永くは無いでしょう」

 

 

 

 あくまでも沖田は他人事のように淡々と話す。死病だと分かって平気な人間が、この世の何処にいるだろうか。ここまで受け入れるために、どれだけの悲しみを越えてきたのかと思うだけで、胸が張り裂けそうに痛む。

Public Last updated: 2023-04-26 02:25:38 PM