だれもが口をひらくこと

 だれもが口をひらくことなく、会津へと向かって脚を動かしつづけた。

 道中、さしてトラブルもなく、旅がつづいた。俊春がつねに斥候にで、周囲の状況をつかんでくれた。

 そして、永倉と別れてから三日目の夜、ついに会津の城下七日町というところにいたった。

 俊春が、新撰組の仲間たちがそこにある「」という宿屋に投宿していることをつかんできた。

 そのままその宿屋に向かった。髮旋脫髮 会津にいたるまでに、全員がちゃんとした軍服に着替えた。
 
 副長と島田が着ていた長州藩の軍服は、きれいさっぱり燃やしてしまった。

 宿屋にちかづくにつれ、心臓が高鳴ってくる。
 みんなと別れてから、おおよそ二十日程度だろうか。ずいぶんと長期間会っていないような気がする。

 みんな、おれのことを覚えていてくれているだろうか。再会したら、よくもどってきたとよろこんでくれるだろうか。

 そんな緊張感に苛まれつつ、まえをゆく副長と島田が話をしている背をみつめている。

「あー、超だるい。宿屋の風呂は温泉かな?」

 そうつぶやいたのは、肩を並べる野村である。

 なにを呑気なことをいってんだ、こいつ?
 野村と俊春の方が、おれよりすこしだけはやくみんなと別れている。
 
 それなのに、二人ともみんなにひさしぶりに会うっていう緊張感はないのか?

「利三郎。おまえ、なんとも思わないのか?」

 だから、思わずツッコんでしまった。

「はぁ?なにを思うっていうんだ?」
「だから、みんなにひさしぶりに会うんだぞ。緊張しないのか?」
「なにゆえ?なにゆえ緊張せねばならぬのだ?主計、おかしなことを申すのだな」

 野村は、そういってからおかしそうに笑う。

 そんなものなのか?

「ぽちは?ひさしぶりにみんなに会うのに、緊張しませんか?」

 ノーテンキな野村にフったのが間違いだったらしい。うしろから相棒とついてくる俊春のほうへだけ向けて尋ねてみた。

「なにゆえ?なにゆえ緊張せねばならぬのだ?」

 俊春のリアクションは、野村とさしてかわらぬようだ。

「ふむ。利三郎もわたしも、みなから愛されているからな。大歓迎こそされても、けっして、けーっしていやな、をされたり、露骨に拒否られたり、不快な態度をとられたりということはない」

 プラス、俊春は断言する。

「ちょっとまってください。それではまるで、おれが愛されていないみたいじゃないですか」
「ちがうのか?」
「ちがうのか?」

 おれの反論に、野村と俊春の叫びがかぶった。

 俊春の脚許で、相棒が狼面を左右に振っている。
 どうやら、おれにたいして呆れかえっているようだ。

「なにをやっている。ついたぞ」

 副長の怒鳴り声がした。

 いつの間にか、「清水屋」のまえまでやってきていたらしい。

「馬鹿だな、主計。なにも緊張することなどないではないか。家族の元にかえるんだ。それを、いちいち緊張などするか?」

 野村が、両腕を頭のうしろにまわしつつ笑う。

「案ずるな。おぬしも十二分にみなから愛されている。みな、おぬしのことを愛しすぎていて、いじったりいびったり馬鹿にしたり弄んだりするだけのことだ。のう、兼定?」

 俊春もまた、笑いながら相棒に同意を求めている。すると、相棒はいつもどおり「ふふんっ!」と盛大に鼻を鳴らした。

 なんかビミョーな励ましである。

「あーっ、副長っ!」
「ほんとだ。兼定っ!」

 そのとき、頭上から叫び声が落ちてきた。みあげると、まずに入ってきたのがまん丸のお月様である。
 兎がテンプレ通り餅をついているのがみえる。

 それからすぐに焦点をもっとちかくにあわせてみた。正確には、眼前の宿屋の二階である。

「なになに?おおっ、誠だ。副長だ。副長がおかえりだぞ」
「なんだと?副長っ!みなっ、きてみろ」
「誠だ。副長だ。伍長もいらっしゃる」

 最初の叫び声は、市村と田村である。その叫び声をきき、隊士たちが窓辺にあつまってきた。

 サファリにきた観光客が、珍獣をみつけたみたいである。そんな勢いで、みな大喜びしている。

 もちろん、珍獣は副長である。

「鬼科チートスキル腹黒鬼種目」

 なーんて学名をつけたりなんかして。

 って、また副長ににらまれた。

 気がつくと、窓にはだれもいなくなっている。すると、窓の奥からギャーギャーときこえはじめた。

 みな、われさきに階下に降りてこようとしているようだ。どうやら、邪魔をしあっている怒鳴り声や叫び声らしい。

「ったく、は、薩摩とちがって餓鬼ばっかだな」

 その騒がしい声をききながら、副長が独りごちた。

 そのわりには、
 それが、正直な気持ちである。

Public Last updated: 2023-09-22 01:46:36 PM